2/6(日)日公現後第4主日礼拝
招  詞 詩編 146:1-2
交読詩編 84:1-13
聖  書 サムエル下12:1-9
     マルコ福音書4:21-25

説  教 「神はどこにおられるのか」

         川浦 弥生 牧師
讃 美 歌 26(1).60.505.92(1)

<ことば>   

古代人の骨から顔を復元する技術があって、最近、立体的にリアルな顔ができあがったそうです。そして、その弥生人の顔に似た人コンテストということが行われて、応募した人の写真がニュースでうつされました。本当にそっくりで、応募した人たちも自分で驚いているというコメントでした。思えば、今生きている私たちすべての人には、弥生人、縄文人の時から、もっと前からご先祖がいるわけです。遺伝子が今日まで脈々と受け継がれて来たということは、信じられないような出来事です。10代さかのぼると、1,024人の人がいます。私たちのうちに、自分たちが知らない人が数千人、数万人という規模で隠されているということになります。自分の知っていることの小ささを思うニュースでした。「隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、公にならないものはない」という今日のみ言葉は、たったひとりの人間の中にも神の創造の業がこんなにも壮大に繰り広げられているという事実とともに、ましてやキリストの恵みは2000年の間、私たちの魂に訴えかける、とてもなく大きいものであろうことを思い起こさせます。神さまがどこに、どのようにご自身を現わされるのか、一緒に考えましょう。