11月7日 降誕前第7主日礼拝 永眠者記念礼拝

招詞 詩編103

交読詩編 96:1-1

 聖書 コヘレト3:1-8

    マルコ12:18-27

説教 「何事にも時がある」

     川浦弥生 牧師

讃美歌 26.434.323.120.524.92

<ことば>

 「コヘレトは言う。なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい」と日本語に訳されています。イエスさまにして「栄華を極めたソロモン」と言わしめ、知恵のある王を代表するソロモン王が「すべては空しい」と言うのですから、読む私たちには意外な気持ちがします。ソロモン王の知恵を私たちに知らせる代表的なエピソードは、同じ家に住んでいる2人の女が1人の赤ちゃんを連れて来て、どちらも「この子は私の赤ちゃんです」と訴える話です。ソロモン王は「わかった、この赤ん坊を二つに切り裂いて2人にわけ与えなさい」と言います。すると、1人の女が「絶対にこの子を殺さないでください。あちらの方に与えて下さい」と王に懇願しました。誰にでもわかる話です。もちろん、この女性が本当の母親だと判定されました。この「空しい」という言葉の意味をどう考えるかについて、新しい読み方がされています。私たちはこの「過ぎ去る」時のなかで、たくさんの出会いをし、悲しみ、喜び、そして生活をしています。たとえ、もう召された人であっても、その大切な人のぬくもり、笑顔、泣き顔を忘れることはありません。一緒におしゃべりしたこと、散歩したこと、食事をしたこと、びっくりしたこと、そのひとつひとつは「過ぎ去る時」の中であっても、私たちと共に生き続けています。そして、神さまは私たちに「私があなたに与えたいのちを、あなたらしく自由に生きよ」と仰っています。主イエスに感謝して、永眠した大切な人たちに出会う1日といたしましょう。